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自分にとって、人生にとって大切なものって何だろうーー 想い出を記念のジュエリーと一緒に宝石箱に詰めませんか?

福島第一原子力発電所に行ってきました(1)

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Lily & Allyは、東日本大震災の原発事故での体験をきっかけに生まれたお店です。 

先月、一般社団法人AFWさんの視察ツアーに参加し、福島第一原子力発電所に行ってきました。「わざわざ行くなんて」、と言われそうですが、震災から5年半がたち、少しずつ自分で知ることを積み重ねてきて、やはりいつか行かなくてはという想いが積み重なりました。 

行ってみた感想。一言で言うと、やはり机上の学習だけではなく、現場を見ないといけないと強く思いました(めったに行ける場所ではないのですが)。世界が注目し、日本中の技術が集められ、最先端のテクノロジーを使って、巨大で危険な”人類のごみ処理”をしている現場に不謹慎ながらワクワクしたり。失われてしまったふるさとやあまりに重くて後ろ向きの廃炉作業の未来への長さに悲しくなったり。でも現場で確実に廃炉作業を進められている作業員の方々を見て希望の光を見たり。

原発事故のニュースや記事・書籍って東電の隠蔽の話か、汚染水漏れの話か、凍土壁失敗の話か、避難区域解除の話か、巨額の費用を国民に何十年も負担させる話、ばらばらっとニュースになり、後ろ向きの聞きたくないことだらけだし、逆に積極的に知ろうとすると原子力の専門用語だらけの難しいお話しになりNo, thank you!

意外と全体像を分かりやすく、さくっと知る機会ってなくないですか?まずは現場写真よりも、東電提供資料でざっくり事故と廃炉の現状について超簡単にママであるわたくしが説明にトライします。※専門家ではないので東電の方にお聞きして覚えている範囲で書いています。

地理的なこと

  • 福島県の海側(浜通り)にある福島第一原子力発電所、第二原子力発電所は、東京電力の大電力地帯で、ほとんどの電気を東京へ送電していた
  • 第一(F1)は、双葉町と大熊町の間、第二(F2)は楢葉町と富岡町の間にある。
    自治体をまたぐのはより多くの地元にお金(税金)を落とすため
  • Jヴィレッジという日本初のサッカーナショナルチームの合宿所が広野にある
    (東電から福島県にかつて寄贈。F1からちょうど20キロの場所にあり、事故後、廃炉の物資や作業員を送り込む重要な前方基地となる)
  • 広野には火力発電所もある。ニュースにはなりませんが、こちらも津波の甚大な被害を受け、通常2年かかる復旧作業を事故後3か月で復旧。東電内では“広野の奇跡”と呼ばれる。この復旧がなければ2011年夏は東京大停電になっていた可能性大。

 

 津波の被害状況と原発事故

  • 上部写真の青い部分が津波浸水した部分です。
  • F1はほとんど水につかっていて、ほとんどの電源設備が喪失されていたことが分かります。このたくさんある電源って何?
    原発って丸っこい炉の中で原子核分裂をめっちゃ起こさせて熱を生み出し、熱で発生した蒸気でタービンまわし発電してるわけです。原子炉停止の際には熱い原子炉を海水入れて冷ます冷却システムってのがあり、この電源がなくなったことで、炉心溶融がおきた(いわゆるメルトダウン)。鍋で料理してたら火つけっぱなしで水分飛んで鍋焦げてさらに溶けた感じ?
  • この時発生した水素ガスが1号機と3号機で水素爆発引き起こし、建屋がぶっ飛びましたね。レンジでタッパをチンしてるときによく蓋がぶっ飛ぶ感じでしょうか。
  • F2は原子炉建屋の部分が少し高台になっていたため津波の被害が限定的で、外部電源も被害を受けていなかった。 
  • まとめると、F1の運転中だった1号機、2号機、3号機で炉心溶融。
  • 1号機と3号機水素爆発、点検停止中だった4号機は3号機から流れ込んだ水素ガスで同じく水素爆発。
  • 2号機は1号機爆発の衝撃で脇のパネルが開いて水素ガスは充満・爆発しなかったけど、原子炉建屋外へ大量の放射性物質は放出。
  • 結果、約15万人が避難
  • 現在までに、地域の除染作業と、F1の廃炉作業が進んできたわけです。

で、今はこのF1いったいどうなってるか。

  • 実は、1号機から4号機まで冷温停止状態を継続しているのですって。
  • 事故直後、かなり心配されていた4号機リスク。なんで心配されていたかというと右上のちっこい部屋(プール)に使用済み核燃料棒が大量に保管されていて、建屋が爆発したおかげで不安定な状態で、地震きたらプールが傾いて壊れて大変なことになる、とアメリカ政府を筆頭に懸念されていたということです。
  • この4号機の燃料棒取り出しは2014年12月に完了。竹中工務店が世界に誇る技術で、なんと東京タワー1つ分の鉄骨を横に組み立てて、取り出したそうです。

 

 残りの廃炉作業は、ざっくりいうと、
①1号機から3号機のプールにある使用済み核燃料棒の取り出し、
②原子炉から溶け落ちた燃料デブリの取り出し(未だ見れず近づけず実態わからず)、
③建屋の解体。

これが30-40年かかると言われています。

今は、1号機、3号機爆発後にかぶせてあったカバーを、再撤去する工事をしていたり、燃料取り出し用のカバー作ってたり、使用済み燃料取り出しに向けて準備中。

ちなみに近くの楢葉町には楢葉遠隔技術開発センターというのが作られていて、線量が高すぎて人間が近づけないエリアの作業、特に溶け落ちた燃料デブリの取り出し作業を、ロボットに託すべく、最先端のロボット技術、VR、ドローン技術の研究が急ピッチで実施されているそうです。

 

このロードマップを見たときに、2つ思いました。

事故後、5年半がたち廃炉作業が思ったより“ちゃんと”進んでいるだな、という感。
東電の失態や廃炉作業の失敗ばかり報じられる中で、
現場の最前線で日々廃炉作業に取り組まれている方たちがいることがかすかな希望。
だって、来年には3号機の燃料取り出しが予定されているんですよ!
アメリカのスリーマイルでは燃料の取り出し、10年もかかったそうです。
これは注視して、見届けたいです。

そして、もう1つ。いったいどうすんの!!
30-40年後って。子供たちの子供たちが生まれてしまうよ。それだけあれば技術も進歩してるだろうからもっと早まってほしいけれど。
恐ろしいほど巨額のわたしたちのお金がここにつぎこまれるわけです、年金も医療費も子育て費用も足りないというのに。

そして最終的に取り出した燃料やら解体したがれきやら、どこにどうやって保管されるのか。考えたら日本中原発だらけで、子供たちが育っていく環境が果たしてこれでいいのか、と思ってしまいます。

 

写真は東電副社長、福島復興本社代表、石崎さんと。
先日、ふくしまのたからばこをお渡ししました。東電への複雑な気持ちや、石崎さんとの出逢いはまた別の機会に書きたいと思います。

私自身、政治的な主張やエネルギー政策について何か強い意見を持つかというとそうではありません。主張できるほど勉強が足りないだけですが。
もう元には戻らないだろうふるさとの復興を願う強い気持ちがあることは事実で、自分にできることは微力ながらやるつもりです。ですがそれだけで勉強しようとは思いません。

他にこどもたちとやりたいこといっぱいあるのに、時間はめちゃめちゃ足りない中で、廃炉の「知る」努力をあきらめない理由はただひとつ。

こどもたちへの未来への想い、ただそれだけです。わたしたちの暮らし、こどもたちの暮らし、に直結しているからほっとけない、無関心でいられない、ただそれだけです。
子供が生まれると社会保障や子育て支援いろいろな問題が身近になり、考えて、選挙に行くようになりません?そんな感じ。健康面、食の安全性、財政面、今後の未来のエネルギーのことetc etc。

今回キッズジュエリーボックスとはだいぶかけはなれたブログ記事になりましたが、
わたし的にはあまり違和感はないのです。
そもそもこどもたちのたからばこを創りたいと思ったのは、原発事故後の自己の体験をもとに、
子供時代の想い出の大切さに改めて気づき、大切なものお気に入りのもの大好きなものであふれる子供時代を過ごしてほしいと思ったからなんです。

廃炉について風化していく一方だったり、話すのさえ面倒に想う現状ですが、
少しでも自分が知ったことを伝えていくことを続けていきたいと思います。

つたない文章で恐縮です。

引き続きこんな素人記事でも、「へーと思うことがあった」、「現状を知れた」、「続きを読んでみたい」という方がいらっしゃいましたら、次回汚染水、凍土壁の問題について現場写真付きで、頑張って書きます。世界が注視するオンゴーイングのノンフィクションの廃炉の現場、最新技術が生み出される場、視点を変えるとまた興味も違ったものになるかもしれません。

今日はここまでで失礼します。

 

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今回視察でお世話になりました、AFWとは、福島の復興と廃炉の現場で働く方々に感謝と敬意を持つことをコンセプトにされ、日本で唯一、一般市民が原発視察に行けるツアーを企画されています。下記AFWのサイトより抜粋

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AFWは日本で唯一、定例的に一般の方々と東京電力福島第一原子力発電所の視察を行っている団体です。

なぜ一般の方と視察するのか。それは単純な思いです。
今から約5年半前、原子力事故が起きた場所。
そこが今どうなっているのか必要とする方がいます。

子供たちに歴史を伝える教育者の方々、福島県で農業や漁業といった一次産業をされている方々、原子力事故により避難生活を送っている方々、原子力事故被災地の復興事業に取り組む方々、子育てをする地域のママさんたち

私たちが日々の暮らしをしっかりと自信をもっていくには、歴史的事故が起きた場所について知ることは必要になってきます。

また、原子力事故後の社会を生きる今の若者たち、具体的にいえば大学生(小中高生は現場にいけません)たちだって、知ることは学びにつながります。

現在の東京電力福島第一原発の視察はバス車内からの視察であれば、原子炉建屋の目の前でも特段の防護対策が不要で視察できるようになっています。
1時間程度の視察で約5マイクロシーベルト程度の被ばくになります。これは歯のレントゲン1回程度の量になります。

http://a-f-w.org/report/info/3085/

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AFWさんの活動趣旨に賛同し、何か自分にできることを考えています。

 


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